子育て

教育と調教はどう違う?「いい子にしてたらオモチャ買ってあげる」は教育と呼べるのか。

投稿日:2018-09-24 更新日:

いわみ(@iwamishinji)です。

先日、子どもの「躾(しつけ)」について妻と話し合いました。その内容が自分としては考えさせられるものだったので、ブログで再現してみました。

一部表現が不快と感じる方もいるかもしれませんが、子育て中のリアルです。

できたら最後まで読んで下さい。

 

教育と調教の違いを意識したきっかけ。

もうすぐ2歳になる息子は、最近やたら噛んできます。言葉のアヤとかじゃなく、文字通り「噛みついて」きます。ガブっと。

幼児の力だし服の上からだけど、噛まれたら本気で痛いです。

いわゆる「噛みグセ」というヤツで、2歳児くらいによくあることらしいです。

でも、やめてもらいたいんです。痛いから。

親だけならまだしも、外で他の家の子どもを噛んだら大変です。

 

「教育」と「躾」

何でも噛みたいお年頃。

 

とはいえ、言葉も分からない1歳児に「痛いからやめてね」と言い聞かせても理解できません。

噛まれたとき、オーバーリアクションで痛がって見せましたが、息子は面白がるだけで、一向に噛むのをやめてはくれません。

困り果てて妻と相談。こんな提案をしてみました。

いわみ
ちょっと罰を与えてみたらどうかな?
例えば?
いわみ
おもちゃを取り上げたり、遊んであげなかったりとか
そんな事したら逆効果。よけい泣きわめいて叩いたり噛んだりしてくるよ
いわみ
それなら軽くつねったりとかは?

駄目よ!そんなのまるで調教じゃない!

いわみ
どう違うんだろう
えーと…とにかく違うの!
いわみ
・・・

ぼくは物わかりが悪いんです。言葉できっちり説明されないと納得できないという、我ながら面倒くさい人間なので、自分で調べて考えてみました。

 

言葉の意味の違い

子どもを育てることを「教育」と呼ぶことは誰でも知っていると思います。

「躾(しつけ)」という言葉は子育てにも使う言葉かもしれません。(最近ではあまり聞きませんが)

対して「調教」は何となく差別的というか、非人道的な響きを感じます。

辞書的にはそれぞれどんな意味の違いがあるのか、改めて調べてみました。

教育

人を導いて善良な人間とすること。人間に内在する素質,能力を発展させ,これを助長する。人間を望ましい姿に変化させる活動

躾(しつけ)は、社会生活に適応するために望ましい生活習慣を身につけさせること。しつけの目標は,社会生活の秩序を守り,みずから生活を向上させていくことのできる社会人に育て上げることである。

調教

動物に情緒的な働きかけをし,特定の人の命令にしたがい,一定の行為を行わせるようにする訓練の過程

コトバンクより

 

調教は飼いならすってことですね。やはり人間に対しては使わない言葉のようです。

だからこそ、妻は(子どもに痛い思いをさせて言うことを聞かせることを)「それは教育ではなく調教だ」と言ったんだと思います。

 

嫌な思い(罰)をさせていうことを聞くようになったとしても

誤解を恐れずに言ってしまうと、教育も調教も目的は同じだと思います。

 

教育と調教の目的は同じ


できないことをできるようにさせる、してはいけないことを覚えさせる

教育やしつけは「言葉や行動によって導く」のに対して調教は「ご褒美と罰(アメとムチ)で従わせる」という違いがあります。

「怒られたくないから言うことを聞く」のでは一時的な効果しかないはずです。親がいないところではやっているなら意味ないですよね。

 

ご褒美でやらせるのも、ある意味の調教?

言うことを聞ければ、ご褒美がもらえる

「情動的な働きかけをして特定の行為をさせる」のが調教であるなら、「宿題ができたら(テストで良い点とったら)欲しがっていたオモチャを買ってあげる」のも広義では調教になるはずです。

なぜなら、痛みや恐怖心で迷惑になる行為をやめさせるのも、ご褒美(エサ)でやりたくないことをさせるのも、両方とも調教だからです。

エサ(ご褒美)がないと宿題をしないなら、始めからやらないほうがマシだと思います。

教育(しつけ)と調教を混同している人も多い?

痛みを恐れる気持ちは学習とは違うと思う

 

ぼく自身の子ども時代を振り返ると、教師や大人の中にも教育(しつけ)と調教を混同している人は少なからずいたと記憶しています。

特に運動部の顧問をする教師に多かったような。サッカーの練習中に疲れて足が止まっている生徒を怒鳴って走らせるコーチがやっているのは、調教に近いのではないでしょうか?

ぼくは中学時代は柔道部に所属していましたが、試合に負けると正座させられて説教する顧問がいました。部活は最後まで好きになれませんでした。

 

「できるようになる」が喜びになるように

話を最初に戻します。

それなら、親はどうやって子どもの能力を伸ばしたり、迷惑な行動をやめさせればいいのでしょうか?

それは自発的にできる心を育むことです。

今までできなかったことをできるようになるのが、人として素晴らしい、と辛抱強く教えていくしかないのでしょう。

「噛まれると痛いし嫌だからしないでほしい」と(言葉が通じなくても)伝え続ける。

それで止めてくれたら「よくやめられたね!」と褒めて喜ぶ。

それを続けていけば、子ども自身が分かるようになるんだと思います。

 

まとめ

  • 教育は言葉や行動によって教えること
  • 調教はアメとムチによって従わせること
  • 「宿題やったらオモチャ買ってあげる」ことも広義では調教
  • 教師や親にも教育と調教を混同している人がいる
  • できるようになることが嬉しいことになるように伝え続けるのが本当の教育

「調教」という言葉に拒否反応を示す人もいるのは承知の上で、あえて使いました。

教育(しつけ)と調教の違いは「喜びによって導くか」と「恐怖によって押さえつけるか」。

「調教なんて人間に使う言葉ではない」とヒステリックに叫ぶ人の中にも、子どもがいけないことをした時に怒鳴って言い聞かせようとする人がいます。

それが「調教ではない」という根拠はどこにあるのでしょう?体罰さえしなければOKなのでしょうか?

怖がらせて言うことを聞かせる。それはブラック企業や暴力コーチと同じではないでしょうか。

真の教育とは「喜びによって人を変化させること」です。

実践するのはとても難しいです。自分が親になってそれを思い知りました。

雑なまとめ方になってしまいますが、ぼくらができるのははたぶんこういうことです。

親も子どもと一緒に成長すること。

おわります。

参考記事:立石美津子 子どものしつけ“動物の調教”ではない 日経DUAL

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